
料理が好き、食の仕事をしてました、という若者が沢山来る。
が、お皿洗いを見ているだけでその程度が分かってしまう。
一番シンプルでド基本なお米研ぎも同じく。
掃除となると、今の若者はほとんど何も知らない。
雑巾に、上用と下用があることも知らない。掃除は掃除機がするものであり、雑巾がけの意味も知らない。
ゴム手袋をはめたがるくせして、自分たちの洗濯物と一緒に雑巾を干したりもする。訳わからん?!
一方、家の仕事を手伝ったていた子は、お皿洗いの基本を知っているし、私がそろそろお米研ぎをする時間に、やります、と言って台所へ現れる。仕事後の過ごし方は強制はしていないが、そろそろ台所仕事が始まる時間帯というのを体験から知っているのだろう。
料理も掃除も基本は家にあり、生活そのもの。マニュアルなんぞありゃしない。
料理教室に行ったこともないけれど、もし私が教えるなら、台所の掃除整理、後片付けのやり方からだと思っている。
生活は整えなければ、すぐに乱れる。食の乱れ、住空間の乱れ、体調の乱れ、体格の乱れ、につながり、生き方の基盤がいつまでたってもできない。
何を将来職業にしていいのだか?と迷っているなら、先ず自分の身の回りの生活を整えると答えが見えてくるほどだ。
ヨガをしようか、瞑想をしようが、見つけられない。
禅僧だって、食事も掃除も修行のひとつであり、生活を正し整えていることを集団でしている。
昨今の生臭坊主は、生活じゃなくて、性活をしている人が京都の白足袋族の中にも五万といる。情けない限り。。。
日々の生活の整えを無視して、やれ、マクロビ玄米菜食だ、小食だ、アーユルベーダ―だ、ホメオパシーだ、ベジタリアンだ、ベーガンだの、パーマカルチャーだの、自然だの、自給自足だの、エコだの、あほくさ!と声を大にしたい。
だからウチの有機生活楽習宿も、毎朝、掃除を徹底していただいている。
朝起きの時間も寒くなれば辛いが、この1週間は早起き。
起きてすぐに部屋の換気をして、掃除にかかり、今日の生活を整える。
そしてレシピで料理を習ったとしても、自分の体調を知ることにより、今日は少し塩分を減らそうだとか、この野菜の方が合うかな?という工夫なければ、料理も面白くもないし、いつまでたっても、レシピ通りの味で、自分流がない。結果、レシピばかり増えるが、ベロの記憶は蓄積されない。
生活を整えるためにも、パートナーとの相性は必要かもしれない。
どちらかが協力的でなければ、他方は一生片づけ攻めにあう。
性の不一致で離婚する人も多いけれど、生活の不一致も困る。
私は息子たちには、必ず彼女ができたら、実家に伺うこと、同棲を勧めてきた。
日々の生活を覚えているのは、育った環境である。
家の大きさや親の職業、経済力ではない。
生活が整っているお家には、主婦というプロがいたはずだ。
もしそのような環境や親の中で育っていないなら、他を見て学べばいい。
私たちの親友たちの家は、掃除機も持たない家もあるが、日々掃き清められていて、拭き掃除もしっかりされている。
無駄に多くモノを持たず、道具はピカピカにしている。そして、夫婦二人して生活を整えている人たちだ。
生活がある家は、料理もおいしいし、清潔だしすっきりした空気感があり、居心地がいい。
お客さん仕事のBB&Dとしても、ずいぶん人を見てきたが、部屋の使い方でその人の普段の生活が見えてしまう。
日本は人を招き入れない家が多いのも、理由はわかるような気がする。
一生で一番大きな買い物である家も、日々の生活がなければ、ホントに無駄使いだ。
ハウスはあっても、ホームがない人。
エコハウスであっても、そこに家族がいなかったり、埃だらけであれば、エゴハウスでしかなく。
雑誌から抜け出たようなシステムキッチンで、出来合い物を温めていれば、いつまでたっても台所の神さまはいついてくれない。
畑もパーマカルチャーであろうが、なかろうが、そんなことより大事なのは、日々の仕事で整えられているかの方が先だろうに。
土地の形状もちがえば、気候もちがう。整えようがないのが、自然。そこを自分流に変化工夫していくことが、各々のパーマカルチャーだと思う。みんなが同じことしていたら、カルチャーじゃなくて、教科書を模写しているだけだ。
昨今、家の手伝いもせず、だれだれの料理教室に通う若者が多いが、逆ですよ、逆。
いや~それをさせない親もおかしいな。
男女関係なく、主婦(夫)がいなくなったら、家庭から生活はなくなってしまう。
生活愛好家のボヤキはまだ続く~